
YGエンターテインメントから、2NE1以来7年ぶりのガールズグループとして、2016年8月8日にシングルアルバム『SQUARE ONE』より「BOOMBAYAH」と「WHISTLE」でデビューしました。
グループ名は、最もきれいな色と表現されるピンク(PINK)と、その鮮やかさを否定する意味を込めた黒(BLACK)を組み合わせ、「美しいものがすべてではない」という意味を込めています。
デビュー翌年の2017年7月、日本デビューショーケースを日本武道館で行いました。
女性の音楽グループとして世界最大のファンダム(ファンダム名はBLINK)を有し、2020年米ブルームバーグ誌「世界で最も影響力のあるポップスター」に選ばれています。
2026年6月25日、アメリカの月刊誌『Vanity Fair』のインタビューで、メンバーのリサが14歳の頃に改名していたことを明かしました。
今回の記事では、リサの本名と、改名した際の意外な経緯をお伝えします。
Contents
BLACKPINK リサの『Vanity Fair』インタビュー
リサの本名

タイ人の母とスイス人の継父を持つリサは、元々プランプリヤ・マノバンという名前でした。
しかし現在の本名は、ラリサ・マノバンといいます。
(改名の由来は、後述します)
「The Life of a K-Pop Showgirl(K-POPショーガールの暮らし)」
『Vanity Fair』サマー号特集は、2026年6月23日に発行されました。
その表紙ストーリーが「The Life of a K-Pop Showgirl」です。

「The Life of a K-Pop Showgirl」では、リサの現在の生活とグローバルスターとしての悩みにスポットを当てたインタビューが続きます。
そのインタビューによると、タイ出身のリサは、14歳になる前に法的な手続きを行い、本名をプランプリヤ・マノバンからラリサ・マノバンに変更したといいます。
リサが改名したのは、2010年に母国タイで開催された韓国の大手芸能事務所「YGエンターテインメント」のグローバルオーディションの後。
数千人が参加した過酷な審査において、唯一合格を勝ち取ったのが、当時まだ中学生だったリサでした。
改名の経緯を聞かれた彼女は、「タイでは気軽に占い師のところに行くんです」と語りました。

改名の経緯

YGエンターテインメントのグローバルオーディションに合格し、事務所からの連絡を待っていた頃のことです。
母親と一緒に占い師の元へ行き、自分の将来について占ってもらったところ、縁起の良い名前に変えるよう勧められたそう。
「『分かった。何でもやる』という気持ちだった」という彼女は、ラリサに改名。
その後まもなく、YGエンターテインメントから連絡をもらったといいます。

BLACKPINK リサ 改名の理由
2021年「ビルボード誌」インタビュー
最近になって浮上した「リサの改名」の事実ですが、実は2021年のビルボード誌のインタビューで、すでに改名したことを世間に公表しています。

インタビューの中でリサは
「私のママが占い師のところへ連れて行って、『(名前を)変えなさい』って言われたの。
ちょうどYGエンターテイメントのオーディションに合格した時よ。
でも、事務所の方からなかなか連絡が来なかったの」
と、占い師からアドバイスを受けたことを明かしました。
「私たち親子としては何としてもこのチャンスを掴み取りたかった。
そこで占い師から、『あなたは名前を変えた方が良い』って言われたのよ。
すると名前を変えてから1週間ほどで事務所から連絡があったの!
『練習生として来て欲しい』って。
その時は本当におどろいたわ」
と、名前を変えたことで話がトントン拍子に進んでいったというエピソードが飛び出しました。

タイの文化において、改名をするということはたとえ幸運のためであっても、一般的とは言えないといいます。
そんな中でもリサは将来のためを思い、改名を決断したようです。
2021年SOLO DEBUT SINGLE『LALISA』リリース後日談

リサは、2021年9月10日に現在の本名である「LALISA」の名前でソロデビューを果たしたのですが、その際に以下のように話していたそうです。
「数週間前のことよ。
あるカメラマンから、(ソロデビューシングルのタイトル)『ラリサ』ってどう言う意味かと聞かれたの。
おかしな感じだった。
私の本名なのにね。
意外とみんな、私の本名がラリサだって知らないものなのね。
みんな、私のことをBLACKPINKのリサだって認識しているから。
それもあって、今回自分の本名を名付けたシングル『ラリサ』でデビューできるのはとてもうれしいの」

まとめ
今でこそ、アジアを代表するダンサー・パフォーマーとして国際的に知られているリサですが、母国での人生は決して平たんなものではありませんでした。

幼い頃に両親が離婚、母親が再婚したことによりできた新しい父親は外国人。
「父親にはタイ語が通じないから」
という理由で、幼いながらに英語で話そうとするリサ。
改名により運気が良い方へと変わったのなら、その流れを決して絶やさずにますます上昇していってほしい、と願って止みません。



