
米津玄師は1991年3月10日生まれ、徳島県出身のシンガーソングライターで、多才なクリエイターとして知られています。
作詞、作曲、アレンジ、プログラミング、歌唱、演奏はもちろん、自身でジャケットやブックレットのイラスト、アニメーションも手がけてしまう彼の肩書きは多彩です。
2009年頃から「ハチ」名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し始め、その後2012年に本名の米津玄師としてアルバム「diorama」をリリースしました。
彼は数々のヒット曲を生み出し、特にドラマ主題歌として起用された「Lemon」は、全世界で300万枚以上のセールスを記録し、Billboard JAPAN年間ランキングで2年連続1位を獲得する快挙を成し遂げています。
現在に至るまでに米津玄師が辿ってきた道は、決して平坦な道ではありませんでした。
今回の記事では、米津玄師の学歴を、小学校から専門学校までのエピソードなども交えてまとめます。
Contents
米津玄師の義務教育時代
出身小学校:徳島市立津田小学校

米津玄師の出身小学校は、地元徳島市の公立校の津田小学校です。
規格外のサイズで誕生したことや個性的な名前、幼少期のトラウマなどもあり、成長とともに生きていることに居心地の悪さを感じるようになったといいます。
幼少期から高機能自閉症を患っており、人とコミュニケーションをとるのが非常に苦手でした。
(以下は、インタビュー記事より抜粋)
「小学校高学年ぐらいの時にはもう、居心地の悪さみたいなものを感じていて。
その中で編み出したのは、自分の頭の中で架空の人物と話すっていう…。
そこではちゃんと会話が成り立っていて、あたりまえのことをあたりまえに楽しみ合ったり、あたりまえのように反発し合ったりして……
俺はずっと、普通の人になりたかったんですよ」

また小学生の頃にはほとんど誰とも話をせずに、自分の妄想から生まれたキャラクターと会話することが心の拠り所という、かなり変わった少年でした。
当時の彼は、人とは違う自分にコンプレックスを感じながら、普通にできないということに悶々とするしかなかったと振り返っています。
出身中学校:徳島市立津田中学校

米津玄師は小学校を卒業すると、地元徳島市内の公立校の津田中学校に進学しています。
彼が初めて自発的に行動を起こしたのが中学2年生のとき。
当時流行っていた『スピッツ』や『BUMP OF CHICKEN』などのバンドに憧れ、こんな存在になりたい! と、2万円のギターを購入。
仲のいい友達を誘ってバンドを結成しました。
しかし、自身の中学時代を振り返って「悶々と生きていた」とも話しており、当時は自分のことを分かってくれる人や話の合う人、趣味の合う人は周りにはいなかったとも。
米津玄師の義務教育以降
出身高校:徳島県立徳島商業高校

米津玄師の出身高校は、共学校の県立徳島商業高校です。
彼は高校時代もあまり周囲の人とは絡まずに、在学中は楽曲や動画の製作に明け暮れていました。

校内では昼休みにはいつもイヤフォンをつけて音楽を聴いており、聴いている最中に話しかけられるのがすごく嫌で、同級生が声をかけたらものすごく怒ったというエピソードも残っています。
以下は、高校時代を語ったBillboard JAPANのインタビュー記事です。
「高校生になってからも何回かライブやったんです。
その時に、何をどうしていいかわかんない感覚がすごくあって。
スタジオで音を出しても、自分の声がまったくきこえなかったりとか、全然楽しくなくて。
楽しもう楽しもうとはしてるんですけど、『ほんとにこれ、楽しいのかな』って思ってて…
どうしたらいいのかわからない、っていうのがあって。」
高機能自閉症による影響もあり、バンド仲間に自分がやりたいことをうまく伝えることができず、バンドは自然消滅の形で解散してしまいます。
そんなときに出会ったのが、動画配信サービス『ニコニコ動画』でした。
高校在学中にニコ動を知った彼は、当時のバンド仲間で現在もサポートメンバーとして彼を支える男性に、自身が作曲した曲を演奏してもらい、音源を投稿するように。

出身専門学校:大阪美術専門学校(中退)

米津玄師は高校卒業後は、大阪美術専門学校に進学します。
「学生としてはしょーもない学生で、学校から絵の技術なども学んだことはなく、何しに学校に行ってたのか?と聞かれたら、ほぼ遊びに行っていたので、学校の憩いの場みたいな休憩スペースでひたすらモンハン(ゲーム)と卓球をやるような学生だった」
と本人が語るところの学生だったようです。
専門学校時代に、米津玄師はボーカロイドに出会いました。

ボーカロイドで曲を作ったら非常に楽しかったことから、のめり込んでいき、入学当初から「ハチ」名義でニコニコ動画への投稿を開始します。

しかし、1年あまりで専門学校も中退してしまいました。
まとめ
さまざまな紆余曲折があって、現在の米津玄師が存在していると思うと、これまでの彼の人生は全く無駄ではなかったのだと合点がいきます。

シンガーソングライター、イラストレーター、ダンサー、映像作家など様々な肩書きを持つマルチクリエイターの米津玄師から、まったく目が離せません!




